COMPANY
マテルの使命とは世界中の子供たちに我々のおもちゃを通して夢と希望を与えることです。
「今日と明日の世界ナンバーワン玩具ブランド」の確立を目標に、世界各国3万人のマテル社スタッフはその実現に向けて日々努力を続けています。
ボブ・エカート(マテル・インク会長兼CEO)
「今日と明日の世界ナンバーワン玩具ブランド」の確立を目標に、世界各国3万人のマテル社スタッフはその実現に向けて日々努力を続けています。
ボブ・エカート(マテル・インク会長兼CEO)
| 1945 マテル誕生 |
ルース&エリオットのハンドラー夫妻、ハロルド「マット」マトソンの3人が南カリフォルニアのガレージにマテルを創業。 |
|---|---|
| 1959 バービー人形のデビュー |
マテルの共同創設者ルース・ハンドラーは、切り抜き紙人形に夢中の娘をヒントに立体人形の製作を発案、娘バーバラの愛称である「バービー」をその名とする。後に業界トップの地位を確立。 |
| 1960 マテル公営企業となる |
1960年公営企業となる。3年後の63年には上場。65年には売り上げ1億ドルを突破。フォーチュン500社の仲間入りを果たした。 |
| 1961 バービーのボーイフレンド「ケン」が登場 |
バービー唯一のボーイフレンド「ケン」を発売。63年には友達の「ミッジ」65年には妹の「スキッパー」が登場。 |
| 1968 マテル、ホットウィールを展開 |
ダイキャストカーのナンバーワンがおもちゃの世界にばく進!特別にカスタムされたデザインが注目の的に。その後4,100万人以上の子供たちが、このブランドと共に成長した。 |
| 1968 クリスティー登場 |
時代背景を機にバービー初のラテンアメリカ系のお友達「クリスティー」登場。同じく88年には「テレサ」が、90年にはアジア系の「キラ」が続いた。 |
| 1978 マテル子供基金創設 |
マテル社がマテル子供基金を創設 |
| 1993 フィッシャープライスがマテルファミリーに加わる |
幼児と幼稚園児童を対象とする玩具の世界トップブランド、フィッシャープライスと合併し、マテルはコアブランド戦略をさらに強化する。ニューヨークを拠点とするフィッシャープライスは1930年の創業以来、高品質で独創的な保育製品メーカーとして知られている。 |
| 1998 UCLA子供病院に2,500万ドル |
1998年11月、マテルはUCLA子供病院への複数年にわたる2,500万ドルの寄付を発表し、慈善活動をさらに充実したものとする。この寄付は既存の子供病院を支援するだけではなく現在建設中の最先端施設にも使われる。 |
| 1998 ホットウィールブランド30周年 |
ホットウィールは20世紀最大の1ブランドへと成長し、デトロイトの「ビッグ3」の生産台数を凌ぐ20億台以上ものダイキャストカーを世に送り出してきた。ホットウィールのベーシックカーは、いまなお玩具業界全体のナンバーワンセラー。 |
| 1999 バービーブランド40周年 |
バービー生誕40周年を迎える。それまでに世界中でおよそ10億のバービー人形が買われ、そのほとんどの市場においてもっとも売れるファッションドールとなる。世界中での年間販売額は約15億ドルにのぼる。 |
| 2001 マテル「もっとクリーンな」声でパイオニアに |
声と音楽の電子チップを省電力仕様にすることで、玩具から発生する廃棄電力量の削減に寄与する。このグリーンボイスと名付けられたサウンドマイクロチップは、既存のものと同レベルの音を出すものの、消費電力量は約3分の1となった。 |
| 2003 マテル・インターナショナル(株)設立 |
2003年7月、日本法人マテル・インターナショナル(株)を設立し、現体制での営業を開始する。バービー、ホットウィール、フィッシャープライス、ウノの4ブランドを中心に、玩具の輸入・販売、及びライセンス事業を行う。 |
| 2005 フィッシャープライス75周年 |
フィッシャープライスの75周年を記念して、大規模な全国キャンペーンを実施。この年以来、毎年のキャンペーン活動を恒例化して実施している。 |
| 2006 ウノ35周年 |
ウノの発売35周年を記念して、第一回全国小・中学生UNO大会を実施。全国1300名の参加者から、10月の決勝大会で初代チャンピオンを決定した。これにあわせ、東京で、「みんなのウノ広場」イベントなどを開催。全国大会は、この年以来、毎年行っている。 |
| 2008 ホットウィール40周年 |
2008年、ホットウィールの発売40周年を迎え、40周年スペシャルキャンペーンなど一連のプロモーション活動を実施している。 |